【伝統的工芸品のご紹介】~美濃焼(岐阜県)~

【伝統的工芸品のご紹介】~美濃焼(岐阜県)~

【名称】

美濃焼(みのやき)

 

 

【美濃焼の産地】

岐阜県多治見市、瑞浪市、恵那市、土岐市、可児市、可児郡御嵩町など

 

 

【美濃焼とは?】

岐阜県の東濃地方の一部地域で製作されている陶磁器のこと。

日本で生産されている陶磁器の中で、なんと50%以上のシェアをほこっています。

1978年7月、伝統的工芸品に指定されました。

 

 

【美濃焼の特徴】

美濃焼の最大の特徴は、種類の豊富さです。

伝統工芸品として、15種類が指定されています。

 

・志野(しの)

 

「志野」は、釉薬(ゆうやく)の下に絵付けが施されているのが特徴です。

また、それまで存在せず、日本人の憧れでもあった「白い焼き物」を初めて誕生させました。

どちらも日本の陶器史上初めてのことであり、常識を覆した焼き物であると言われています。

美しい薄紅色で、長石釉(ちょうせきゆう)によって気泡状の風合いがあります。

桃山時代に最盛期を迎えますが、江戸時代にいったん姿を消してしまいました。

人間国宝・荒川豊蔵氏が尽力したこともあり、現在も受け継がれています。

 

・織部(おりべ)

 

「織部」は、千利休の弟子である古田織部が、自身の好みに合わせて作らせたと言われています。

ゆがみがあっても良しとする大胆な造形や、鮮やかな緑など、当時の常識を覆す作品を多く生み出しました。

 

・黄瀬戸(きせと)

 

キレイな淡黄色が特徴です。

薄い器に草花の文様を描き、緑色の斑点や褐色の焦げを楽しむ「あやめ手」。

厚みがあり、文様や焦げがほとんどない「ぐいのみ手」の2つが代表的です。

 

・青磁(せいじ)

 

青緑~翡翠色が特徴です。

 

・瀬戸黒(せとぐろ)

 

瀬戸黒が誕生するまでは、赤みを帯びた黒い茶碗ばかりでした。

まさに「漆黒」という言葉がピッタリな瀬戸黒は、当時の茶人たちをとても喜ばせました。

天正年間(1573~1592年)に焼かれたことから「天正黒」、「引き出し黒」とも言われています。

 

・赤絵(あかえ)

 

赤色の中に、黄色、青、緑、紫など華やかな絵付けをしたものです。

 

・染付(そめつけ)

 

白い磁器に絵付けをしてから、釉薬をかけたものです。

 

・粉引(こびき)

 

名前の由来は、白い粉を引いたような外見から来ています。

 

・天目(てんもく)

 

基本黒色ですが、釉薬の薄い部分が飴色や柿色になるのが特徴です。

 

・御深井(おふけ)

 

「御深井焼(=名古屋城内にある御深井丸で焼かれた焼き物)」に似ているので、御深井と名付けられています。

 

・飴釉(あめゆう)

 

鉄分を含む釉薬で、飴色に発色します。

 

・美濃伊賀(みのいが)

 

三重県伊賀市で焼かれている「伊賀焼」に似ていることから、「美濃伊賀」と呼ばれています。

 

・美濃唐津(みのからつ)

 

「織部」の窯で焼かれた、唐津焼に似た焼き物です。

「織部唐津」とも呼ばれています。

 

・灰釉(はいゆう)

 

植物の灰が主な成分です。

 

・鉄釉(てつゆう)

 

灰釉を改良したもので、鉄分の化学反応を利用して色を変化させます。

 

 

その時代や人々の好みに合わせて、次々と新しい釉薬を作ってきました。

また、陶工たちが技術を競い合うことでさまざまな形、色彩の焼き物を誕生させてきたのです。

 

【美濃焼の歴史】

5世紀ころ、朝鮮半島から「須恵器」「ろくろ」「穴窯」が伝わってきました。

美濃焼は、これらが日本に入ってきたことを機に始まったと言われています。

(室町時代の終わり頃、瀬戸の陶工が美濃へ移住してきたことがキッカケで生産されるようになった…

という他説もあります)

 

平安時代になると、灰釉(かいゆう)を施した白瓷(しらし=陶器や瓦などの、焼かれる前のもの)という、

須恵器を独自に改良した焼き物ができました。

白瓷によって、知名度が上昇したと言われています。

 

安土桃山時代から江戸時代初期までは、先ほど紹介した「織部」「志野」「黄瀬戸」といった焼き物が

最盛期を迎えました。

これは茶の湯文化が発展し、芸術的要素の高い焼き物が数多く生産されたことが要因です。

 

17世紀後半になると、食事時に使うような生活用品が生産されるようになります。

当時、白い磁器を目指して、白釉を用いた「太白」が焼成されました。

 

江戸時代後半では、磁器の製造が始まります。

また、明治時代に入ると唐呉須(とうごす=青色の顔料)が輸入されるようになり、

それまで不安定だった発色が安定するようになりました。

その結果、スクリーンプリントなど新たな技法が開発されることに繋がります。

 

明治時代中頃は、日常用品の生産が始まります。

より低コストでの生産を実現させるため、製品別の分業制が発展します。

 

大正時代末期、電気の供給が可能になったことから、一気に機械化が進みます。

生産規模の拡大が進んだので、それまで一般的だった「登り窯」は「炭釜」へと変化していきました。

 

昭和時代になると、高級品やタイルの製造も行われるようになります。

さまざまな時代の変遷をたどりながら、現在では、美濃焼は名実ともに「日本で一番」の生産量を

ほこる焼き物になりました。

 

【美濃焼の製作工程】

①土練り(菊練り)

土の水分や固さが全体的に均一になったら、回転させながら練っていきます。

回転させる目的は、土の中に入っている空気を抜くことです。

土を練った後、まるで菊の花びらのように見えることから、「菊練り」と呼ばれることもあります。

 

②成形

美濃焼の成形でよく使われるのは、「ろくろ」「手ひねり」「タタラ成形」の3つです。

その他、「い込み成形」「圧力い込み成形」「機械ろくろ成形」「全自動成形」「プレス成形」など

数多くの方法があります。

さまざまな成形方法を駆使しながら、可能な限りの量産を目指します。

 

③乾燥

必要があれば削り作業を行い、その後じっくり乾燥させていきます。

乾燥方法は、大きく2つです。

・陰干し

・天日干し

 

なお、乾燥に必要な時間は、どのような作品を製作するかによって異なります。

例えば…

・模様の貼り付けを行うかどうか

・作品の大きさ

・模様を描くときに使うのは金櫛か、竹櫛か

・素地の厚さ

・装飾をどうするか など

 

④素焼き

700~800℃の温度で焼成し、土の中に含まれる水分を飛ばし、可燃物を燃やします。

「素焼き」を行うことで、強度を上げるのです。

また、後で行う「施釉」が行いやすくなります。

 

⑤下絵付け

釉薬(ゆうやく)の下に絵を描くのが、下絵付けです。

絵付け専用の筆に出したい色の顔料を付けて、素焼きした陶磁器の表面に描いていきます。

顔料の主な成分は、鉄、銅、コバルトなどです。

 

下絵付けが完了したら、「透明釉」を上からかけます。

「透明釉」をかけることで、顔料の成分によってさまざまな色が現れてきます。

例えば、酸化コバルトは「藍色」、鉄は「茶褐色や黒褐色」で発色します。

 

※釉薬 → 素焼きした陶磁器の表面に光沢を出し、液体がしみ込むのを防ぐために使うガラス質の粉末。

 

⑥施釉(せゆう)

施釉とは、釉薬をかけていく作業です。

主に3つの方法があります。

・ずぶがけ

釉薬を入れた容器の中に、作品をひたす方法

 

・ひしゃくがけ

作品を回しながら、ひしゃくで釉薬を流しかけていく方法

 

・スプレーがけ

スプレーガンなどを用いて、釉薬をかけていく方法

 

釉薬をかけて焼くと、溶けて作品の表面にガラスのような膜を作ってくれます。

この膜によって水を通さなくなり、さらに硬度も増すのです。

また、光沢も与えるので、作品を装飾する役割も果たしてくれます。

 

釉薬の基本となるのは、以下の3種類です。

・灰釉

草木の灰を主成分としている釉薬

 

・長石釉

長石が主成分で、やわらかい白色をしている釉薬

 

・鉛釉

酸化鉛を主成分としている釉薬

 

上記3つに他の成分である金属や鉄、銅などを加えていくことでさまざまな釉薬を作っていきます。

 

⑦本焼き

本焼きとは、施釉後に高温で焼成することです。

ポイントは、2つ。

・窯詰を丁寧に行う

・窯全体が均一の密度になるように置く

 

また、主な窯の種類は、以下の通りです。

・登り窯

参照元:東鉄バス

 

・ガス窯

参照元:小田井窯の窯

 

・電気窯

 

⑧上絵付け

上絵付けとは、本焼き後の作品に、専用の絵具で文様や絵を描いていくことです。

絵具は、金属(鉄、銅、コバルト、マンガンなど)にソーダや鉛などを加えて調合したものを利用します。

 

絵を描きこんだ後、本焼きよりも低温な700~800℃で焼成を行い、色が飛ばないようにします。

 

⑨完成

焼き上げた後、やすり掛けをしたら完成です。

 

 

 

 

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