出展者紹介

sumurai armour image 「守り伝えられたものは、ゆがめることなく、その真意と本筋を次に伝えなければならない。」時を経るほどに、深く、広く、それが、伝統の技と心を受け継ぐ者の天命である思います。同時にそれは、誇るべきことでもあります。1200年以上の歴史を背景に、幾多の美技美芸を育み伝えてきた『京都』にあって、平安武久は京甲冑師として「京もの」の伝統と正統、その心と技を磨いてきました。そして日本の心、日本の伝統技のすばらしさを、より多くの方々に広く知っていただくために工房武久は、五月人形(鎧・兜)と節目(節句)を祝す心を、より深く、たしかに伝えていきます。

制作工程

1.鍬型
作業風景
先ず、真鍮の板から2枚重ねて鍬形の形を、ケガキ線に沿って切って行きます。(この時に、真鍮に傷が付かない様に紙を貼っておきます。)
作業風景
紙をはがし、次に鍬形の柄を一つ一つ打って行くものや、そのまま無地で磨きをかけて仕上げて、金鍍金を施して行きます。
2.鉢
作業風景
鉄板から短冊形に切ってくぼめて穴を開け一枚一枚手作業によってカシメ合わせていく(※このカシメ具合が強過ぎても弱過ぎても綺麗な円にはならない)
3.金箔押し
作業風景
金箔は、全て純度95.5%以上の純金箔を使用しています。
塗師の手によって漆を施された小礼板に、箔押し師の手錬の技によって一枚一枚押されて行く金箔は、鎧・兜一領あたり百余枚使用されています。仕上がった小礼は、また塗師の手に戻り、裏側に透漆を施され、こうして白檀塗りが出来上がり小礼を仕上げて行きます。又、龍頭も同じように箔押しを施しております。
4.唐櫃
作業風景
鎧・兜を飾る台座として、また鎧・兜の収納箱として大きな役割を持つ唐櫃。 木材に布張りを施しその上から、下塗り・中塗り・上塗りを施し研ぎをして柄を出したり布目を出す。 さらに塗りを施し本金メッキの飾り金物で仕上げる。
5.錺り金具
作業風景
彫師が彫り上げた金物を元型にして、電気鋳造の溶解槽に約6日程かけて銅を付着させ金物を成型する ※一つ一つ手作業で、切り、やすり等を使用して、本金鍍金を施して金物を仕上げていく。
6.房・糸
作業風景
縅糸は、正絹糸を組み上げた平打ち紐を使用。
7.頭裏
作業風景
頭裏は、刺し子状に糸が縫い込まれていく。
8.龍頭
作業風景
龍頭は、木彫りで、箔押しを施し、兜とのバランスも十分に考慮した、勢いのある形に仕上げていく。
9.縅
作業風景
縅糸は、全て正絹で繋ぎ方の技が生き、隙間もなくふっくらとした感じに仕上がる。
10.籠手
作業風景
一つ一つ丸輪を作り三角輪で繋ぎ合わせて一本の鎖を作りあげていく。
11.草慴
作業風景
両端を曲げ、全体のバランスを考えて躍動感・勇壮美を表現する。
12.帯
作業風景
帯の結び目は、実際に解くことが出来る。
13.脛・毛履
作業風景
脛・毛履の仕上げの確かさも、ご注目下さい。
14.髭
作業風景
正絹糸を使用し、たばねた絹糸を一つ一つニカワを使って付けていき、自然な形に整える。
15.立て木
作業風景
鎧・兜を支えるものを芯木と言いますが、この目に付かない所にも工夫があり、ただ単に白木の角材を接合・組み合わせるだけではなく、特に耐久性のある木蘗(きはだ)の木を選び、塗りを施してあります。
16.仕上げ
作業風景
組み上げも、全て手作業で思いを込めて一つ一つ仕上げていく。

歴史

鎧・兜は、本来戦いのための道具というだけではなく、戦国時代(1467~1568年頃)の人々に憧れと羡望を持って支持され続けてきました。その系譜をたどれば、輝かしく名を連ねた戦国武将たちがいました。「武」の武田信玄 ・「知」の徳川家康・そして男伊達という言葉に名を残す「優」の伊達政宗。彼らについては武勲だけではなく、その知性や芸術的センスに於いても秀で個性が語り継がれ、その心意気を形に表した象徴として強烈な魅力を放つ鎧・兜が存在しました。その心を受けて、甲冑師も武将に負けじと職人の誇りをかけて工芸の枠を集めた甲冑を製作しました。やがて時代は戦乱のない世の中となり、それらの甲冑は実践を離れ、一族の繁栄と健康を願って神社へ奉納するためのものへと変わっていったのです。貴族や武家に於いてはわが子の立身出世を願う心と尚武の習俗から発した端午の節句へとつながっていきました。鎧・兜が醸し出す勇壮美と精神性の高さから武将(男子)の象徴として現代にまで生き続けています。

工芸士情報

工芸士名
Craftsman Takeo Saji佐治健夫
略歴
1941年
京都に生まれる
※父は初代 平安武久/母は京都市伝統産業技術功労賞受賞者
1959年
父である初代 平安武久に甲冑作りを師事
※一子相伝に受け継がれた技を習得する
1995年
経済産業省認定伝統工芸士(京人形)となる
2006年
京都府伝統産業優秀技術者として認定される
※『京の名工』として現在に至る
工芸士名
Craftsman Mikio Saji佐治幹生
略歴
1969年
二代目 平安武久の長男として京都に生まれる
1986年
初代 平安武久から熟練の技術を受継いだ二代目の父に師事
2008年
経済産業省認定伝統工芸士(京人形)となる
※甲冑師に大切な鍛金の錺り金具に懇親の力を込め現在に至る

鎧と兜

鎧(よろい)は、戦闘の際に装着者の身体を矢や剣などの武器による攻撃から防護する衣類・武具のことで、重要な臓器のある胴体や胸の部分を守るのが主な目的で作られました。鎧の素材は、革・青銅・鉄と実に様々ですが、同じ鉄であっても板金を加工して用いたり鎖状にしたものを用いたりと色々なものがあります。鋼材を打ち伸ばして作った鉄板を組み合わせた物や、鉄や青銅の小板を紐で繋げた物、鉄や青銅のリングを幾つも繋いだ鎖帷子などもあります。
鎧
兜(かぶと)とは、打撃・斬撃や飛来・落下物などから頭部を守るための防具のことで、古代から戦争に用いられた頭部防具のことを指します。具足や鎧とセットで用いられ、甲冑とも呼ばれます。 中世日本の兜のように、防具としての役割以外に、着用者に威厳を持たせる役割を担うこともあったようです。
兜

伝統を守り継ぐ者の証

鎧・兜についておりますメダルは、京都洛冑会の名匠が製作したことを保障するものです。 このメダルは、その伝統の技が端々にまで生かされた優秀な作品であることを物語ると同時に京の由緒ある神社にて、お子様の健康や家内安泰の祈祷を授かった信頼の印でもあります。
メダル

五月人形と端午の節句

男子の誕生をお祝いし、健やかな成長を願う端午の節句は、奈良時代から伝わる行事です。端の”端”は「最初」の意味、「端午」とは月の初めの午(うま)の日を指した言葉で、中国ではこの日は良くない日とされ、災難を避けるために菖蒲やよもぎなどの薬草によって魔除けをする慣わしがありました。日本では、「午」と「五」の音が同じであることから、五月五日を端午とし、また、この「菖蒲」が武を尊ぶ「尚武」や「勝負」に通じることから、勇壮な男子の節句とされて、武具(鎧・兜)などを飾る風習が生まれてきました。さらに、江戸時代になると武士への憧れが強まり、子供の立身出世を願う一般民衆や商人にまで鎧・兜を飾ることが広まってゆきました。この子供の将来に願いを託すという意義を引き継いで、昭和23年に国民の祝日とされたのが「子供の日」です。健やかな成長をお祝いする五月人形は、家族の願いが込められています。

所在地

工房武久:Bukyu
郵便番号
602-8331
住所
京都市上京区六軒町通り一条上ル若松町358
ホームページ
http://www.koubou-bukyu.com/